栽培地は種子島以南
さとうきびは種子島以南の南西諸島で栽培され、同地域では基幹作物として位置づけられてきたと説明される。九州・中国・四国地方にも小規模な栽培はあるが、産業としての規模は南西諸島に集中している。代替の効きにくい島嶼の基幹作物である点が、育種と政策の前提になっている。
- 農研機構 プレスリリース「早期高糖で11月収穫が可能なさとうきび新品種「NiN24」を育成」公開情報の最終確認 2026.08.01
COMMON CROP / SUGARCANE
南島に伝わった甘蔗が黒糖を生み、いま南西諸島の基幹作物になった。
01 / ARRIVAL
年代の確からしさは、遺跡の出土によるものと、文献に記されたものとで違います。どちらの根拠なのかを区別して記録します。
沖縄県の解説では、さとうきびは赤道近くのパプアニューギニアで1万7千年前から作物として栽培されていたとされ、琉球にはインドネシア、インドのガンジス川、中国をたどって伝わったといわれる、と説明される。製糖については、1623年に琉球王国の使節団が明から持ち帰った製糖法により、沖縄のさとうきびを用いて黒糖の製造を開始したと記される。技術の導入には儀間真常が中国の福州に人を送って学ばせたといわれるが、製糖法の伝来には諸説があるとも注記されている。黒砂糖はその後、戦前まで琉球の重要な輸出品として扱われた。
02 / LINEAGE
琉球在来の甘蔗から始まった栽培は、近代以降、海外由来の育種系統を交配母材に取り込むかたちで置き換わっていった。現在の主導品種は農研機構 九州沖縄農業研究センターが関わる育種の産物である「NiF8」で、南西諸島地域の基幹品種とされ、新品種はこれとの比較で評価される。近年は収穫時期を早められる早期高糖性が育種目標になり、「NiN24」のように11月収穫でも基準糖度を超えられる品種が育成されている。
1623年に黒糖の製造が始まった時点で沖縄に定着していた甘蔗。品種名を持たず、製糖法の導入によって砂糖原料としての価値が確定した。
1623年以前
日本の育種で交配母材として用いられている系統。「NiN24」では花粉親として使われたと記される。
育成年 未確認
この先 NiN24 へ合流する
日本の育種で交配母材として用いられている系統。「NiN24」では種子親として使われたと記される。
育成年 未確認
この先 NiN24 へ合流する
南西諸島地域の主導品種と位置づけられている。新品種の性能はこの品種との比較で説明されるのが通例で、事実上の基準品種になっている。
普及は1990年代以降
親F167 × CP57-614
「F167」を種子親、「CP57-614」を花粉親として交配し育成された品種。NiF8 より原料茎重が重く可製糖量が多いうえ、11月の早期収穫でも基準糖度 (13.1%) を超えられるとされ、黒穂病抵抗性は「強」と記される。
農研機構 九州沖縄農業研究センターが育成
03 / NOTES
統計上の定義や用途の区分など、数字を読むときに前提になる事柄を残します。
さとうきびは種子島以南の南西諸島で栽培され、同地域では基幹作物として位置づけられてきたと説明される。九州・中国・四国地方にも小規模な栽培はあるが、産業としての規模は南西諸島に集中している。代替の効きにくい島嶼の基幹作物である点が、育種と政策の前提になっている。
さとうきびの評価では基準糖度 (13.1%) が目安として使われ、品種は「その時期に基準糖度を超えられるか」で語られる。従来の収穫は1月から3月ごろが中心で、荷台いっぱいにサトウキビを積んだダンプカーが製糖工場へ向かう光景が、この時期の風景として語られてきた。近年は1月より早い12月下旬から収穫が実施されるようになり、早期高糖性が育種目標のひとつになっている。
地理的表示に登録された沖縄黒糖は、沖縄産サトウキビを新鮮な状態で搾取し、搾汁液をそのまま煮詰める昔ながらの製法を継続していると説明される。糖蜜を分離する精製糖とは工程が異なるため、ポリフェノールやうま味、ミネラル成分を含む独特の風味になるとされる。登録生産者団体は沖縄県黒砂糖協同組合。
04 / EXPLORE
この作物の収穫量の推移は統計の索引に、土地に根ざした品種は在来の台帳にあります。