小麦は「稲の裏作」として広がった
日本で小麦の栽培が定着したのは、鎌倉時代中期に稲の裏作として作られるようになってからだと農林水産省は記す。全国へ本格的に普及したのは江戸期とされる。水田の空き季節を使う二毛作という位置づけは、いまの水田転作をめぐる議論の背景にもつながっている。
- 農林水産省 aff 2016年2月号 特集1 麦(1)公開情報の最終確認 2026.08.01
COMMON CROP / WHEAT
弥生時代に大陸から渡り、半矮性の農林10号が世界の小麦を変えた。
01 / ARRIVAL
年代の確からしさは、遺跡の出土によるものと、文献に記されたものとで違います。どちらの根拠なのかを区別して記録します。
農林水産省の解説では、小麦が日本に入ったのは弥生時代で、大麦・大豆・小豆とともに朝鮮半島からもたらされたと記される。静岡県の登呂遺跡や長崎県壱岐市の原の辻遺跡からは、炭化した小麦の種粒が出土している。奈良時代には平城宮跡から「小麦五斗」と書かれた木簡が出ており、官の物資として扱われていたことがうかがえる。栽培が広く定着するのは鎌倉時代中期に稲の裏作として作られはじめてからで、全国へ本格的に普及したのは江戸期とされる。
02 / LINEAGE
明治から大正にかけての在来品種の純系分離から始まり、昭和のはじめに農林登録の制度が整うと、新中長と江島神力という二つの品種が多くの登録品種の片親になった。1935年に稲塚権次郎が育成した農林10号は、国内では広がらなかったが、戦後アメリカへ渡って半矮性の遺伝資源となり、緑の革命に連なった。戦後の国内では、関東以西を農林61号が長く支え、北海道では別系統の秋播き品種が育てられている。
在来品種「中長」の純系分離によるものと記される。吉田久の整理では「新中長を片親とする農林登録品種は実に21にのぼる」とされ、この図でもっとも多くの品種に連なる親のひとつにあたる。育成年の記載は確認できていない。
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交配組合せは「江島/神力麦」。吉田久の整理では、これを片親とする農林登録品種が12あるとされる。育成年の記載は確認できていない。
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交配組合せは「白達摩/Velvet」。ジーンバンクのコムギコアコレクションでは原産地が岩手と記される。府県で採用される系統に「小麦農林○○号」の名を付けて登録する制度の、第1号にあたる。
1929年(昭和4年)に農林登録
交配組合せは「Turkey Red/フルツ達摩」。稲塚権次郎が育成した、半矮性遺伝子 Rht1・Rht2 をもつ短稈品種。国内では活躍できなかったが、戦後にアメリカへ渡り、これを片親とする短稈多収品種ゲインズ(1961年)が育成された。メキシコの国際機関 CIMMYT でもソノラ64など多くの品種・系統の母材となり、1968年に実を結んだ緑の革命に貢献したと記される。
1935年に育成
親新中長 × 江島神力
交配組合せは「新中長/江島神力」。多くの登録品種の親になった二つの品種が、ここで一つに合わさっている。育成年の記載は確認できていない。
親新中長
交配組合せは「福岡小麦18号/新中長」。佐賀農試の小松一太郎が、1938年に九州小麦試験地から配布されたF3世代363系統から6世代の選抜を重ねて得た「西海75号」にあたると記される。北関東から九州までの広域に適応し、50年余り関東以西の主力品種であり続け、直接の母材としても8品種の片親になった。なお農林水産省の産地品種銘柄資料は交配組合せを「関東107号×東山24号」と記しており、資料の間で一致していない。
1944年に育成
交配組合せは「(SieteCerros/Pall)F1/(Tob-8156/ハルヒカリ)F1」。北海道立北見農業試験場の育成と記される春まき小麦で、パン・中華麺用。1985年から2000年にかけて多収性を実現したと記される。育成年の記載は確認できていない。
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交配組合せは「(北見18号/北見19号)F1/北系320」。麺適性に優れる北海道の秋播き品種で、育成者の尾関幸男は、北見18号の製粉性・北見19号の多収安定性・北系320の強稈性が組み合わさったものと述懐している。赤さび病抵抗性は戦後アメリカから導入したU-11に由来すると記される。
1981年に育成
親チホクコムギ
交配組合せは「北見35号/チホクコムギ」。チホクコムギを母材として雪腐病抵抗性を改善したもので、北海道ではこうした品種交代が計画的に行われていると記される。
1994年に育成
親ハルユタカ
交配組合せは「ハルユタカ×Stoa」。ホクレン農業総合研究所の育成と記される。パン用の加工適性があり諸障害に強く、2017年には国内産パン用品種の流通量の35パーセントにあたる3万9千トンを占めたとされる。
2000年に開発
交配組合せは「北見72号(きたもえ)×北系1660」。北海道立北見農業試験場の育成と記される。製麺適性に優れ、収量性は小麦縞萎縮病の多発地帯以外でホクシン比118パーセントと高く、全道の基幹品種となっている。
2006年に育成
「札系159号」と「KS831957」のF1を母、「月系9509」を父として1996年に人工交配されたと記される。北海道農業試験場の育成で、父の月系9509は後にキタノカオリとして北海道の優良品種に採用された系統、KS831957はアメリカのカンザス州立大学の育成系統。超強力小麦にあたる。
2009年に小麦農林172号として認定登録
03 / NOTES
統計上の定義や用途の区分など、数字を読むときに前提になる事柄を残します。
日本で小麦の栽培が定着したのは、鎌倉時代中期に稲の裏作として作られるようになってからだと農林水産省は記す。全国へ本格的に普及したのは江戸期とされる。水田の空き季節を使う二毛作という位置づけは、いまの水田転作をめぐる議論の背景にもつながっている。
国内の主要な麦の品種には、通称とは別に「小麦農林○号」という農林登録上の番号が付く。「農林10号」は番号がそのまま品種名として通っている例で、「きたほなみ」は2006年12月に「小麦農林168号」として農林登録された通称名にあたる。統計や試験成績を追うときは、番号と通称が同じ品種を指すことに注意がいる。
北海道の小麦育種では「ゆでうどんの官能検査」によるめん色・粘弾性が主要な評価軸に置かれ、日本めん向けの中力小麦が長く中心だった。一方、製パンや中華めんには蛋白質の強い小麦が要るため、超強力小麦「ゆめちから」を中力小麦にブレンドする使い方が示されている。同じ「小麦」でも、用途区分が違えば求められる品種特性は別物になる。
04 / EXPLORE
この作物の収穫量の推移は統計の索引に、土地に根ざした品種は在来の台帳にあります。